「旧字体」という言葉があります。 たとえば「飲」では、 常用漢字体の「飲」ではなく 「飮」が旧字体。
「旧字体」という言葉には、
「古くからの字体」、「昔はそう書いていた」と思わせる力があります。
しかし、果たして本当にそうでしょうか。
GICAS のHNG (漢字字体規範データベース) で
「飲」を引いてみました。
一段目が中国の規範的写本、二段目は中国の印刷又は石刻の字体、三段目が日本写本です。
みな歴然と「新字体」ですが、特に二段目の「開成周易」「開成論語」に注目。
これは、現代の印刷字体への基礎を築いた勅命の石刻「開成石経」(唐代開成二年(837))で、
当時の最も規範的な字体です。
「開成石経」は後の宋版に強い影響を与え、
直接・間接に日本の字体にも規範的影響を与えています。
つまり「飲」の「昔からの字体」は「飲」なのです。
HNGを「部首-食」として検索すれば、
更に詳しく「食」へんの字体の歴史を知ることができます。
字体の伝統・規範は、 手近の字書や、思い込みだけに基づいた、安易な議論もなされているようです。 無理もないことで、 字体の歴史を十分な資料・根拠に基づいて考えるのは、 大変むずかしいのです。
HNG は、手当たり次第に資料を集積しているのではなく、 それぞれの時代の規範的な文献を特に選抜して資料としたコーパスです。 (コーパスとは、資料を選抜して構築するものであって、単に積み上げるものではありません)。 HNG 以前には、専門の研究者でも、これだけの資料を一覧するよう準備するのは困難でした。
HNG は、 石塚晴通(北海道大学名誉教授)の永年の研究成果とGICAS の技術が共同して初めて得られた成果であり、 「東洋文字文化の継承と発展に寄与する優れた業績である」として、 第一回白川静記念白川東洋文字文化賞を受賞しました。